レストラン モナリザ

今日はレストランモナリザ丸の内店にランチに行ってきました。丸ビル36階にあるので、素晴らしい眺め。

キウイとピンクグレープフルーツを使ったシャンパーニュの食前酒。浮かんでいるのは氷ではなく、ヨーグルトのソルベ。

アミューズのお皿はガラスのお皿2枚の間に生花の花びらが敷き詰めてある。
お皿によって花の種類も、デザインも異なる。

毎朝サービススタッフが季節の花をその日に使うお皿の数、花をお皿の間に挟んで用意するそう。
季節によって、桜だったり、モミジだったり、季節感を出しているらしい。

窓から見える景色がお皿に。

オーナーシェフの河野透シェフは郷里宮崎の大先輩。

宮崎シェラトンのフェアでご一緒したり、

大御所シェフのいつものごはん』という朝日新聞の取材でリゴレッティーノを挙げて頂きました。

 

宮崎やひろ丸の真鯛。

宮崎金柑、たまたまも。宮崎の食材が所々に。

アミューズから最後のお茶菓子まで細かに計算されたお料理を堪能しました。


ごちそうさまでした!最高に美味しかったです。

カフェアルティ・エ・メスティエリ

イタリアの師匠、ジャンニ・ダマートシェフのレッジョ・エミリアにあるレストラン、『カフェアルティ・エ・メスティエリ』が閉店する、

そんな知らせがインスタ経由で入ってきました。

ジャンニシェフの元で修行していたのは、もう、17年前のこと。
モデナとボローニャの間の小さな街、レッジョーロにある『リゴレット』が1つ星で、当時は最も勢いがあるレストランの1つとして知られていた頃。

ちょうど、僕が働いている時に2つ星になって、毎日毎日本当に忙しかった。レストランでの仕事の合間にシェフがテレビ番組に出るのに同行したり、ミラノやローマのフェアに呼ばれたり。

それはもう、休む暇がほとんどない位。イタリア人って優雅にカフェでも飲みながら仕事しているイメージがあったのに、休憩、食事なしの何時間連続労働?どこまで働くんだ、と驚いたものです。

でも、2012年にエミリアロマーニャ州を襲った地震で、17世紀の貴族の館を改装していた『リゴレット』は修復できないほどにダメージを受け、閉店することになってしまいました。

それからシェフ一家はレッジョ・エミリアに移り、『カフェアルティ・エ・メスティエリ』を開いて8年。すっかりレッジョを代表するレストランに。

そこに今回の新型コロナ感染症拡大。

ロックダウン下のイタリアで、テイクアウトやデリバリーや朝食を始めたり、

カペレッティの発送、つい10日程前にも週末のメニューのお知らせがあったので、あまりにも急な知らせにショックで言葉が見つかりません。

 

リゴレッティーノを開店して12年目にして初めて1週間店を休みにしてジャンニシェフに会いに行った時の写真

やっと来たか!とシェフに言われ、

オープンしてから初めてこんなに長く店を休みにしたんです、ここに来るために、と伝えました。

明るい陽射しが入る、賑やかな店内の心地よいおしゃべりを聞きながら、スペシャリテのカボチャのトルテッリを食べました。

 

これは、翌年。スタッフの石井がレッジョエミリアに行き、ジャンニシェフのもとで修行しました

ジャンニシェフが閉店を知らせたインスタのメッセージに添えられていた詩。

『NON、話さない、のわらべ歌』

カフェアルティでの8年間については話さない、
パンデミアについては話さない、
困難について話さない、

デリバリーを試みたことについて話さない、

地震については話さない、
リゴレットについては話さない、

私達の気持ちについては話さない、
料理に対する私達の愛を話さない、

でも、皆に感謝を伝えます。私達を支えてくれたことを。
私達の料理は死ぬことはない、必ずどこか別の場所で、rinascera、再び生まれるでしょう。(rinascere、ルネッサンスの語源)

そしてインスタの投稿には今まで一緒に働いてきたスタッフへのメッセージ。(左下が石井です)

写真に写ってるスタッフも、写っていない今まで私達のために働いてきた元スタッフも、

それぞれの夢を実現できますように、

と。

 

 

新しい場所の、新しいレストランでジャンニシェフに会えることを楽しみにしています。

それまで私達も頑張ります。