東京都世田谷区、小田急線経堂駅から徒歩2分のイタリアンレストラン。ランチ・ディナー・貸切パーティー等にどうぞ。





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イタリア料理 リゴレッティーノ

156-0051 東京都世田谷区宮坂3-12-8
経堂鈴木マンション地下
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2007/1/25

今年の冬は暖冬だそうですが、お風邪など召されていないでしょうか?
僕たちは、昨年11月にお店のスタッフ全員が交替で軽い風邪を引いてしまったので、
12月から今日まで、朝、夕の2回イソジンでウガイをしています。
その上(飲食店では当たり前ですが)徹底して手洗いも励行しているため、
その効果があるのか、12月から今日まで誰一人風邪を引かずに過ごせています。
(因みに、お客様へお出しするお皿もアルコール消毒しています)
毎朝お店へ行くと、ホールスタッフ(兼キッチン見習い、兼イソジン係り)の児崎君が
黙ってイソジン入りグラスを目の前に置いてくれるので、
僕もキッチンスタッフの伴野君も
指示通りウガイをしてから仕事を始めます。

風邪の引き始めに必ず関節が痛む僕は、
先日急に腰痛が襲ってきて、気分が悪くなったので、
『遂に風邪引いちゃったかなぁ?』と思いました。
が、関節とは関係の無い背中やお尻まで痛かったので
『変だなぁ』と思い、念のため病院ではなく、
夜中にやっているマッサージ屋さんで30分マッサージを受け、
体中の痛い所に湿布を貼りまくり、アッツーい風呂に入って
ストレッチをやって寝たら、次の日すっかり体が軽くなっていて、ひと安心でした。
気分が悪くなったのは、筋肉痛がひど過ぎたせいだ、とマッサージ師に言われました。

僕の夢は70歳になっても調理場に立っている事なので、
日頃から体をケアしていきます。
でも、70歳で普通にオーダーをこなしたり、仕込みをしたりは無理かもしれません。
それならば、若い人たちの邪魔にならぬよう
調理場の掃除係でもいいので調理場にいたいと思っています、夢ですけど。

異国での風邪は心細いけれども心温まる経験でした。
『リゴレット』で働いている間に2、3度風邪を引きましたが、
寮の、真ん中が沈んだ(腰に悪そうな)ベッドで寝ていると、気分まで沈みがちになります。

クリスマス休暇にひいた風邪の時。
寝てるともっと具合悪くなりそうだったので、
お店に行って次の日の仕込みをしていました。
そこへシェフが現れました。
シェフは
『休みの日は体を休めたり、散歩したりしてリフレッシュしないと
良いコックにはなれないぞ』
と言って僕やシェフの奥さん、息子の為にパスタを作ってくれて、皆で食べました。
なんだか家族に入れてもらえたような幸せな気分でした。
食後、クリスマスのお菓子『パネトーネ』をいただいている頃には下がり始めていた熱は、
さっき飲んだ薬のせいだけではないようでした。

一番寒さの厳しかった頃。
日本の家族から祖母が亡くなった報せを受けました。
母からの言づては、
『今が一番大切な時なんだから、お葬式には帰国せず、
仕事に専念しなさい。オバアちゃんもきっと、そう望む筈だから』
と、いうものでした。
祖母を看取っていないせいでの実感の無さと、
その一方での喪失感で、フッと気が抜けてしまい、
一晩中咳が止まらない程の風邪を引いてしまいました。
そこへ、隣の部屋からオーストリア人の同僚、フィリッポが現われました。
『これは俺の国で風邪を引いた時に皆が飲んでいて絶対からだに良いからこれを飲め。』
と、ドンブリ1杯程のお茶らしきものを持ってきました。
『日本でいう漢方薬みたいなものかなぁ?』と思い、
まさに腹いっぱいそのお茶を飲み干しました。
更に彼は、これも漢方薬みたいなクリームを胸に塗るよう言うので、
指示通り塗ってみると、
その晩は、体がポカポカ温まって、不思議と咳も治まっていました。
彼の持って生まれた性格なのか、
はたまた『ゲルマン魂』の血がそうさせるのか、
仕事中はしょっちゅう怒ったオリバー・カーンみたいに
顔を真っ赤にして喚きちらし、トラブルメーカーだったフィリッポの
優しい一面に触れてからというもの、
キャンキャン吼えているスピッツくらいにしか見えなくなったから不思議です。

時として思いがけない人情に接する事もあるので、
たまに風邪くらい引いてみるのも良いかも知れません。
いや、やはり人間健康第一ですよね、特にコックは。

2007/1/15

今村です。
年末年始の忙しさにかまけて
随分とご無沙汰してました。

年末30日、年内最後の大掃除を終えて帰宅後、イタリアの『リゴレット』へ電話しました。
シェフの奥さんのフルビアが電話に出ました。

送ったクリスマスカードのお礼をされたので、
無事郵便物が届いていた事に、ホッとしました。
なにしろ前回、『リゴレット』のホールの女の子へ小包を送った際は、
ナント!半年以上もかかって届いていたからです。

また、夏にイタリアから来日して、
僕たちのお店で食事をしてくださったイタリア人のお客様が、
僕らの店の様子と僕らの写真のメールを『リゴレット』に送って下さっていたようでした。
そして、『リゴレット』の人々が、このホームページの存在も知っていて、
時々ここを覗いていてくれていた事に驚くとともに、気恥ずかしい気持ちになりました。
『シェフは料理の写真を見て何か言っていた?』
と、本当は奥さんに尋ねたかったけれど、勇気がなくて聞けないまま、
『buonanno!auguri!』
と言って電話を切りました。
シェフに電話を代わってもらえば良かったかなぁ、とか思って少し後悔しましたが、
『リゴレット』での生活がフラッシュバックして蘇り、
幸せな気持ちで新年を迎えました。

そして、いつもの仲間と恒例の新年会を行い、
横浜の親戚のお宅へ呼ばれて手料理を堪能して再び仕事を始動。
慌しくも楽しい毎日をお店の仲間と過ごしています。

日本へ帰国する決心をした日。
仕事の後二人でランブルスコを飲んでいる時、シェフに帰国する旨を告げました。
その時の彼の寂しそうな顔を思い出すと、今でも胸が痛みます。
彼らには家族も同然に可愛がってもらっていたし、
言葉にし尽くせないほどのお世話にもなっていたのです。
イタリア語もたどたどしいこの日本人に対して・・・。

『この町に家族を呼んでここで暮らさないか、家族はこの店で雇ってもいいし、
なんなら他の仕事を探してあげてもいいし、家族で暮らせる家も探してやってもいいぞ』
とまで言ってくれましたが、
日本で自分達の店を開く決意が固い事を伝えました。

帰国の日の朝、シェフに駅まで送ってもらう車中、
『また、リゴレットに来てもいい?』と僕が尋ねると、
シェフは僕が再びリゴレットに働きに戻ってくると勘違いしたみたいで、
『じゃあ、その時は俺はメニュー作りと接客だけしてるからお前が調理場のカポになれ』と言ったので、
僕は慌てて『仕事をしに戻ってくる訳では無く、食事に来るんだ』
と言い直して誤解を解きましたが、
その言葉が、『リゴレット』での仕事ぶりを見ての彼の僕への評価なんだと
思い、鳥肌が立って感激して涙が出ました。

駅前のランブルスコ製造所横で車を降ろしてもらい、
半泣きでシェフとの感動の別れ(まさに、イタリアライフ最後のクライマックス)を終えた数分後。
駅のホームで、包丁一式を調理場に忘れてきた事に気付きました。
お店に電話して再びシェフに迎えに来て貰って、
さっきハグして別れを惜しんだお店の仲間に
『あれ、またここに働きに戻ったの?』と冷やかされて
ちょっと間抜けなイタリア生活のエンディングでした。

帰国直前、シェフ・ジャンニが買ってくれた千数百ページの
イタリア全土の料理とエミリアロマーニャ州の伝統料理の2冊の百科事典を
帰宅後ランブルスコ片手に眺めている時、
今でもその時のドジな自分を思い出して吹き出す事があります。

そういえば、この料理辞典をプレゼントされた時も、感激してシェフ夫妻の前で、ボロ泣きでした。
あと、テレビの全国放送中継の本番中に『リゴレット』の2つ星昇格が発表された後。
シェフ夫妻のそれまでの長い苦労に思いを馳せて、
シェフと目が合った時泣いてしまいました。

まず人前で泣いた事など無いのに、
この二人の前では何度も泣きました。不思議です・・・。


2006/10/6
初めまして。『リゴレッティーノ』オーナーシェフの今村です。
今日からこのページをボソボソ始めてみます。勿論、不定期です。

今日はこの秋一番の寒さでしたね。
一昨年の10月はイタリアで迎えましたが、僕の居たエミリアロマーニャ州は、
夏が過ぎ、どんより曇った『雨の多い秋が来たなあ』って思った途端に
突然冬が来てたって感じでした。

その短い秋の朝・晩、昼と夜の寒暖の差からか、朝、晩に霧が出る日が続きます。
日本で霧に遭遇する機会の少なかった僕にとって、
2メートル先も見えなくする霧に包まれる体験は、とても幻想的でした。
と、同時に友人、家族と離れて過ごす異国での寂しさが身に沁みました。
寮の部屋に帰るとホームシックになりそうなので、なるべく朝から晩まで、別に仕事が無くても
『リゴレット』の厨房に入り浸っていました。
調理場は美味しい料理の匂いと温かさに包まれていて、一時でも、寂しさを紛らわせてくれたからです。
そんな、誰も居なくなった調理場で、シェフのジャンニは僕に色々な料理を作って見せてくれました。
その一つがバッカラのマンテカートでした。

彼は、ミシュランでバッカラ料理が評価されるなど、
バッカラに対して思い入れが深く、バッカラを仕込む時は誰にも触らせない程でした。
そのバッカラ料理のコツを目の前で教えてもらったのです。
そのバッカラは、他のどのお店で食したものよりも格別な美味しさでした。

そんな『リゴレット』でのシェフの思い出と、
秋の収穫を祝う『レッジョーロ』の町の『カボチャ祭り』の思い出と共に、
僕流のアレンジを加えて、今回の新メニューにバッカラを載せてみました。
もし、ジャンニが食したら、
どんな評価をくれるかドキドキしながら・・・。









リゴレッティーノの料理と店内の雰囲気を
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下記画像をクリックして下さい。

イタリア料理店リゴレッティーノの料理




イタリア料理店リゴレッティーノ店内の様子